日本ワインの歴史は、本格的には明治のはじめ、1870年ごろに山梨県甲府で始まった醸造から数えるのが一般的です。ぶどうの栽培そのものは甲州ぶどうの伝説が残るほど古く、江戸時代にもワインを造った記録がありますが、長いあいだ日本人に親しまれたのは甘く味付けした「甘味葡萄酒」でした。国産ぶどうだけで造る辛口のワインが「日本ワイン」として広く知られるようになったのは、ここ20年ほどのことです。
ぶどうとワインの古い記録
日本のぶどうの歴史を語るとき、必ず登場するのが山梨県の甲州ぶどうです。伝説は二つあり、ひとつは奈良時代に僧の行基が勝沼に大善寺を開いたとき、ぶどうを手にした薬師如来が夢に現れたという話、もうひとつは1186年に上岩崎の雨宮勘解由(あめみやかげゆ)が山で珍しいつるを見つけて育てたところ、5年後に実がなったという話です。どちらも言い伝えですが、甲州ぶどうが山梨で古くから育てられてきたことを物語っています。
甲州の素性は、近年の遺伝子の研究で少しずつわかってきました。酒類総合研究所が2013年に発表した解析では、ヨーロッパのぶどうと中国の野生ぶどうが交雑し、そこへさらにヨーロッパのぶどうが交わってできた可能性が高いとされています。シルクロードを通って東へ伝わったぶどうが、日本にたどり着いたと考えられているわけです。品種の特徴は甲州ワインの記事にまとめています。
ワインを飲んだ記録も、意外に古くから残っています。室町時代の1483年には、関白近衛家の日記『後法興院記』にワインを飲んだとみられる記述があります。戦国時代にはポルトガルの宣教師や商人が赤ワインを持ち込み、「珍陀酒(ちんたしゅ)」と呼ばれました。
江戸時代のはじめには、豊前小倉藩(いまの福岡県北九州市あたり)の藩主・細川忠利が、1627年から1632年にかけて家臣にワイン造りを命じた記録が見つかっています。山に自生するぶどうを使ったと考えられ、日本で造られたワインのもっとも古い記録のひとつとして注目されました。ただ、こうした試みはその後の産業にはつながらず、本格的な醸造は明治を待つことになります。世界のワインの流れはワインの歴史の記事で紹介しています。
明治時代:山梨で始まった近代のワイン造り
明治政府は殖産興業の一つとしてぶどう栽培とワイン醸造を勧め、各地で試みが始まりました。その先駆けとされるのが、甲府の山田宥教と詫間憲久です。二人は1870年(明治3年)ごろからワイン造りに取り組み、近代的なワイン醸造の元祖とされています。
1877年(明治10年)には、山梨県の後押しで甲府城の跡に県の葡萄酒醸造所がつくられ、同じ年に祝村(いまの甲州市勝沼町)で民間の「大日本山梨葡萄酒会社」が生まれました。この会社は、村の青年だった高野正誠と土屋助次郎(のちの土屋龍憲)をフランスへ送り、ぶどう栽培とワイン醸造を学ばせています。二人は1879年に帰国し、学んだ技術でワイン造りを始めました。
ところが、当時の日本人にとって酸味と渋みのある本場風のワインはなじみが薄く、売れ行きは伸びませんでした。大日本山梨葡萄酒会社は数年で解散しますが、二人が持ち帰った技術と経験は勝沼に受け継がれ、その後の山梨のワイン造りの礎になります。
同じころ、ヨーロッパではぶどうの根に寄生する害虫フィロキセラが猛威をふるっていました。日本にも1885年(明治18年)ごろに入り込み、各地のヨーロッパ系ぶどうに大きな被害を与えます。このとき、もともと甲州やアメリカ系の品種が中心だった山梨は被害を免れたとされ、ぶどう産地として生き残る一因になりました。
川上善兵衛と日本のぶどう品種
明治から昭和にかけて、日本の気候に合うぶどうを求めて生涯をささげたのが、新潟県高田(いまの上越市)の川上善兵衛(1868〜1944年)です。善兵衛は1890年(明治23年)に自宅の敷地に「岩の原葡萄園」を開き、ぶどうの栽培とワインの醸造に取り組みました。
雪の多い土地で発酵の温度を保つため、石蔵や雪を使って冷やすなどの工夫を重ねたことでも知られます。とくに大きな功績は品種の交配で、1927年に交配したアメリカ系の「ベーリー」とヨーロッパ系の「マスカット・ハンブルグ」の組み合わせから、のちの「マスカット・ベーリーA」が生まれました。湿気が多く病気の出やすい日本でも育てやすい、赤ワイン用の品種です。善兵衛は1941年に交配によるぶどうの品種改良の業績で日本農学賞を受け、「日本のワインぶどうの父」と呼ばれています。
甘味葡萄酒の時代と戦争
本場風のワインがなかなか広まらないなか、明治の後半から人気を集めたのが、ワインに糖分や香りを加えて飲みやすくした「甘味葡萄酒」です。1880年代に近藤利兵衛が売り出し、神谷傳兵衛が製造した「蜂印香竄葡萄酒」は、新聞広告で大々的に宣伝されて広く知られました。神谷傳兵衛はその後、茨城県牛久に本格的な醸造場を建て、これがいまの「牛久シャトー」です。
1907年(明治40年)には、寿屋(いまのサントリー)が「赤玉ポートワイン」を売り出し、甘いワインの代名詞になります。滋養のある飲みものとして宣伝されたこともあり、日本人にとって「ワイン」といえば甘いものというイメージは、この時代につくられました。
第二次世界大戦中は、ワインの思わぬ面に注目が集まります。ワインの醸造で出る酒石酸からつくるロッシェル塩の結晶が、潜水艦などを探す音波探知機の部品になるとして、国がぶどう酒の醸造を奨励し、生産が大きく増えました。飲むためではなく軍需のためにワインが造られた、という珍しい時代です。
戦後:辛口ワインの広まりとブーム
戦後もしばらくは甘味果実酒が主流で、1970年代ごろまでは、甘いものが「ワイン」、本来の辛口のワインは「葡萄酒」と呼ばれ、一部の愛好家のものと受け止められていました。その後、食生活の洋風化や海外旅行の広まりとともに、食事と合わせる辛口のワインが少しずつ浸透していきます。
1980年代後半のバブル景気のころにはヨーロッパのワインの輸入が増え、1990年代の終わりには健康によいという話題も手伝って赤ワインが大きなブームになりました。一方で、このころの国産ワインの多くは輸入した濃縮果汁や海外のワインを原料にしたもので、日本のぶどうだけで造るワインは一部にとどまっていました。
流れが変わったのは2000年代です。2000年代はじめに国産のぶどうだけで造ったワインを審査する国産ワインコンクールが始まり(2015年に日本ワインコンクールへ改称)、造り手どうしが品質を競い合うようになりました。長野、北海道、山形、そして九州の安心院ワインや熊本ワインのように、各地に評価の高い産地や造り手が増えていきます。
世界へ:OIV登録と「日本ワイン」の表示基準
2010年6月、甲州が日本固有の品種として初めて、国際ぶどう・ぶどう酒機構(OIV)に品種として登録されました。これにより、ヨーロッパへ輸出するワインのラベルに「Koshu」と品種名を書けるようになります。2013年には、マスカット・ベーリーAも日本生まれの黒ぶどうとして初めてOIVに登録されました。
産地の名前を守る仕組みも整えられました。2013年にはワインの地理的表示(GI)として「山梨」が指定され、2018年には「北海道」が続きます。
そして2018年10月30日、国税庁の定めた「果実酒等の製法品質表示基準」が適用され、「日本ワイン」という言葉にはっきりした意味が与えられました。主なルールは次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 日本ワイン | 国内で収穫されたぶどうだけを使い、国内で造った果実酒 |
| 国内製造ワイン | 輸入した濃縮果汁や輸入ワインを原料に含む、国内で造られたワイン(日本ワインとは区別される) |
| 地名の表示 | その地域で収穫したぶどうを85%以上使い、その地域で醸造した場合などに、ラベルに地名を表示できる |
この基準によって、「どこのぶどうで、どこで造ったワインか」がラベルから読み取りやすくなりました。いまでは山梨、北海道、長野が生産量の上位に並び、各地で小さなワイナリーが次々に生まれています。ぶどうを生かしたナチュラルワインを造る若い造り手も増え、日本ワインの顔ぶれはますます多彩になっています。
日本ワインの歴史年表
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1186年(伝承) | 雨宮勘解由が甲州ぶどうを見つけたと伝わる |
| 1483年 | 近衛家の日記にワインを飲んだとみられる記述 |
| 1627〜1632年 | 小倉藩の細川忠利がワイン造りを命じる |
| 1870年ごろ | 甲府で山田宥教・詫間憲久がワイン造りを始める |
| 1877年 | 大日本山梨葡萄酒会社が設立され、高野正誠・土屋助次郎がフランスへ |
| 1885年ごろ | フィロキセラの被害が日本にも広がる |
| 1890年 | 川上善兵衛が岩の原葡萄園を開く |
| 1907年 | 赤玉ポートワインが発売される |
| 1927年 | 川上善兵衛がのちのマスカット・ベーリーAを交配 |
| 2010年 | 甲州がOIVに品種登録される |
| 2013年 | マスカット・ベーリーAがOIVに登録。GI「山梨」が指定される |
| 2015年 | 国産ワインコンクールが日本ワインコンクールに改称 |
| 2018年 | 日本ワインの表示基準が適用される。GI「北海道」が指定される |
まとめ
日本ワインの歴史は、甲州ぶどうの伝説や江戸時代の記録をへて、1870年ごろの山梨で近代的な醸造として始まりました。明治の若者のフランス留学、川上善兵衛による品種改良、甘味葡萄酒が主流だった長い時代、戦時中の増産を経て、2000年代からは国産ぶどうだけで造るワインの品質が大きく伸びています。甲州とマスカット・ベーリーAのOIV登録、2018年の表示基準の適用によって、「日本ワイン」はひとつのジャンルとして確立しました。いまの産地や選び方は日本ワインの記事で紹介しています。
※20歳未満の飲酒は法律で禁止されています。



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