ソーセージの歴史はとても古く、紀元前8世紀ごろの成立とされるホメロスの『オデュッセイア』にも、脂と血を詰めた腸詰めのような食べ物が登場します。肉を塩で保存し、余すところなく食べるための知恵として古代から各地で作られ、ヨーロッパで多くの種類に分かれていきました。日本で本格的な製法が広まったのは、第一次世界大戦中のドイツ人捕虜がきっかけとされています。
ソーセージのはじまり:肉を無駄なく保存する知恵
家畜をつぶすと、すぐには食べきれない量の肉や内臓、血が出ます。冷蔵庫のない時代、それらを細かくして塩をきかせ、動物の腸や胃袋に詰めて乾かしたり、燻したりするのは、肉を長く保存して無駄なく食べるための合理的な方法でした。ソーセージがいつどこで最初に作られたのかはわかっていませんが、こうした理由から、さまざまな土地で古くから作られてきたと考えられています。
文字の記録として古いものでは、メソポタミアのアッカド語の粘土板に、腸に詰め物をした料理らしい記述があるとされます。英語の sausage は、ラテン語の salsus(塩をした)に由来する言葉が古フランス語を経て伝わったもので、塩漬けが保存の要だったことを名前に残しています。
古代ギリシャ:ホメロスに登場する腸詰め
ヨーロッパの文学でソーセージの古い例としてよく挙げられるのが、ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』です。作中には、脂と血を詰めた山羊の胃袋を火であぶる場面や、主人公オデュッセウスが眠れずに寝返りを打つようすを、それを火の上で転がすさまにたとえた一節があります。いまでいうブラッドソーセージに近い食べ物で、たとえとして使われるほど身近な料理だったと考えられています。
古代ギリシャでは、ほかにも喜劇作家エピカルモスに『ソーセージ』という題の作品があったと伝えられ、アリストパネスの喜劇『騎士』には、ソーセージ売りの男が主要な登場人物として出てきます。ソーセージが街角で売られる、庶民的な食べ物だったことがうかがえます。
古代ローマ:ルカニカと各地への広がり
古代ローマでもソーセージはよく食べられていました。とくに名高かったのが、南イタリアのルカニア地方(現在のバジリカータ州あたり)に由来する「ルカニカ」です。紀元前1世紀の学者ウァロは、細かくした肉を腸に詰めたものをルカニカと呼び、ローマの兵士がルカニア人から作り方を覚えたと書き残しています。ローマ時代の料理書として知られる『アピキウス』にもルカニカの作り方が出てきます。
この名前は今も残っていて、イタリア北部のルガネガ、ポルトガルやスペイン、中南米のリングイッサ/ロンガニーサなど、ルカニカの流れをくむといわれるソーセージが各地にあります。ローマの道や兵士の移動とともに、ソーセージ作りがヨーロッパに広がっていったようすが名前からもうかがえます。
ちなみに、食中毒の原因として知られるボツリヌス菌の名前は、ラテン語で腸詰めを意味する botulus に由来します。19世紀のドイツでソーセージによる中毒が研究されたことから付いた名前で、保存食としてのソーセージには衛生の課題もつきものでした。
中世から近代のヨーロッパ:土地ごとのソーセージ
中世以降のヨーロッパでは、豚を秋から冬にかけて処理し、ハムやベーコン、ソーセージに加工して冬を越す習慣が各地に根づきました。気候や手に入るスパイス、肉の種類によって作り方が分かれ、乾燥させて長持ちさせるドライソーセージ、ゆでたり焼いたりして食べる生ソーセージなど、土地ごとの名物が生まれていきます。
| 地域 | 代表的なソーセージ | 特徴 |
|---|---|---|
| ドイツ | ブラートヴルスト、フランクフルター | 焼く・ゆでるタイプが豊富で、地方ごとに名物がある |
| オーストリア | ウィンナー | ウィーン(ドイツ語でWien)に由来する名前 |
| イタリア | サラミ、サルシッチャ、モルタデッラ | 乾燥熟成させるサラミが多彩 |
| スペイン | チョリソ | パプリカで赤く色づく |
| イギリス | ブラックプディング | 血を使うソーセージ |
なかでもドイツは、ソーセージの種類の多さで知られる国です。フランクフルトの名がついたフランクフルター、ウィーンの名がついたウィンナーは、日本でもおなじみの呼び名になりました。ウィンナーは、フランクフルトで修業した肉職人がウィーンで売り出したのが始まりという話が伝わっていますが、細かな経緯には諸説あります。
19世紀以降、ドイツなどからの移民とともにソーセージはアメリカにも渡り、パンにはさむホットドッグとして広まりました。ホットドッグという名前の由来にもいくつもの説があり、はっきりしたことはわかっていません。
日本のソーセージの歴史
日本では、江戸時代に豚肉の加工品が琉球を経て薩摩に伝わり、明治の初めにはアメリカ人やイギリス人からハムなどの製法を学んだ記録があります。ただ、ソーセージの製法が本格的に広まったのは大正時代です。
第一次世界大戦中、千葉県の習志野にはドイツ人捕虜の収容所があり、約1,000人が収容されていました。栄養価の高い食品としてソーセージに注目していた当時の農商務省は、千葉にあった畜産試験場の技師・飯田吉英を派遣し、1918年2月、捕虜の中にいたソーセージ職人カール・ヤーンらから製法を学ばせました。この技術は農商務省の講習会などを通じて全国の食品業者に伝えられ、習志野は「日本のソーセージ製法伝承の地」と呼ばれています。
同じころ、ほかの収容所にいたドイツ人捕虜の中にも、のちに日本で食肉加工を手がけた人がいました。久留米の収容所にいたアウグスト・ローマイヤーは、日本のロースハムを生んだ人物として知られています。
戦後になると、日本ならではのソーセージも生まれます。魚のすり身を使った魚肉ソーセージは1950年代に量産が始まり、1954年のビキニ環礁での水爆実験をきっかけにマグロの値段が大きく下がると、そのマグロを原料にした魚肉ソーセージが大量に作られて、広く普及しました。
現在の日本では、JAS(日本農林規格)によって、太さや使う腸の種類でソーセージの呼び名が分けられています。
| 呼び名 | 使う腸 | または製品の太さ |
|---|---|---|
| ウインナーソーセージ | 羊腸 | 20mm未満 |
| フランクフルトソーセージ | 豚腸 | 20mm以上36mm未満 |
| ボロニアソーセージ | 牛腸 | 36mm以上 |
本場ドイツやオーストリアでの呼び方とは必ずしも一致しない、日本独自の分け方です。フランクフルトについてはフランクフルトソーセージの記事で、ソーセージ全体の種類はソーセージの記事で詳しく紹介しています。
まとめ
ソーセージの歴史は、肉を塩で保存し、内臓や血まで無駄なく食べるための知恵から始まりました。古代ギリシャのホメロスの叙事詩に腸詰めが登場し、古代ローマのルカニカは名前を変えながら今も各地に残っています。中世以降はヨーロッパの土地ごとに個性的なソーセージが生まれ、日本には大正時代、習志野のドイツ人捕虜から本格的な製法が伝わりました。歴史をたどったあとは、手作りソーセージに挑戦してみるのも楽しいかもしれません。



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